JR東日本・八日市場駅
八日市場(ようかいちば)
総武本線 飯倉 八日市場 干潟
所在地 千葉県匝瑳市八日市場イ108
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 総武本線
キロ程 93.7km(東京起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員 1,490人/日(2024年)
開業年月日 1897年(明治30年)6月1日
駅種別 業務委託駅
八日市場駅
八日市場駅
八日市場駅(ようかいちばえき)は、千葉県匝瑳市八日市場イにある、東日本旅客鉄道(JR東日本)総武本線の駅である。
総武本線の千葉 - 銚子間をかつて運行していた普通列車(113系)で、佐倉 - 松岸間で総武本線を経由する列車の行先表示に「八日市場回り」と表示されていた。
同路線から撤退した211系3000番台、近年導入された209系2000/2100番台は単に「総武本線」表示のみである。

改札口 209系2100番台
改札口 209系2100番台
駅名標 ホーム
駅名標 ホーム

駅構造

相対式ホーム2面2線を有する地上駅。互いのホームは跨線橋で連絡している。
2012年4月頃までは成東駅管理の直営駅であったが、同年4月頃より駅業務がJR千葉鉄道サービス(現在はJR東日本ステーションサービス)へ委託され、業務委託駅となった。成田統括センター管理。
簡易Suica改札機が設置されている。
みどりの窓口は2006年(平成18年)4月1日に閉鎖され、新たに「もしもし券売機Kaeruくん」が設置された。
しかし、「もしもし券売機Kaeruくん」も2012年(平成24年)3月7日限りで廃止され、翌3月8日の初電時刻からは指定席券売機が稼働した。
木造駅舎を備える。1990年代後半に駅舎のトイレが汲取り式から水洗式へと変わった。
駅舎・改札側(北口)と南口広場を結ぶ南北自由通路が2007年(平成19年)9月1日に完成した。
また、匝瑳市により南口広場が整備されて2008年(平成20年)7月に、ロータリーと共に完成した。
以前から匝瑳市(当時は八日市場市)は、JR東日本に対して自動改札導入による南口改札設置を求めていた。しかし南口改札設置は実現せず、現在の駅舎・改札(北口)を一旦出て、跨線橋(南北自由通路)で南側に出るという方式となった。
跨線橋と駅舎を繋ぐエレベーターと階段の中央に自転車が乗り降りするスロープが設置された。
エレベーターは、改札内の跨線橋と改札外の南北自由通路を兼用する構内外共用型である。
改札口付近には精算所があるが、現在は使用されていない。

のりば

この駅は駅舎側のホームが2番線であり、1番線は反対側のホームに当たる。
番線 路線 方向 行先
1 ■ 総武本線  上り 成東・佐倉・千葉方面 
2 下り 旭・飯岡・銚子方面

成田鉄道多古線

八日市場(ようかいちば)
多古線  西八日市場 →  八日市場
所属事業者 成田鉄道
所属路線 成田鉄道多古線
キロ程 30.2 km(成田起点)
駅構造 地上駅
開業年月日 1897年(明治30年)6月1日
廃止年月日 1946年(昭和21年)10月9日
多古線(たこせん)は、京成バス千葉イーストの前身である成田鉄道(2代目)が、かつて運営していた鉄道路線(廃線)である。
千葉県営鉄道としてこの鉄道空白地域の便を図るため、1911年(明治44年)から1926年(大正15年)にかけて成田 - 多古間が開業した。
開業時は大日本帝国陸軍鉄道連隊が演習で敷設した設備と車両を借用していたが、千葉県に後に払い下げられた。
1914年(大正3年)には八街 - 三里塚間の支線八街線も鉄道連隊が敷設して開業、1917年(大正6年)に千葉県に払下げられた。
開業当初は日本の営業用鉄道では群馬馬車鉄道に次いで狭い600mm軌間で、後に国鉄との直通の便を図り1067mmの狭軌へ改軌した。同じころ延伸開業した多古仮(後の多古〈2代目〉) - 八日市場間は、最初から1067mm軌間である。八街線は600mm軌間のまま、1940年(昭和15年)の廃線まで改軌されなかった。
営業成績が悪かったため、1927年(昭和2年)4月に成田市で路面電車を運営する、京成電気軌道傘下の成田電気軌道(1か月後に成田鉄道と改称)へ売却額140万円で譲渡された。建設費は167万円だったが県会は満場一致で可決した。なお、この売却金の一部は漁業指導船「ふさ丸」の建造に充てられた。
しかし戦時体制に入ると石炭や資材不足により1日2往復まで削減された。
さらに戦局の進展により、日本軍が占領したインドネシアのセレベス島(現・スラウェシ島)に京成グループが鉄道(セレベス開発鉄道)を敷設することになったため、路面電車ともども資材を供出するため休止され、かわりに省営自動車の運行が始まった。
千代田 - 染井間は線路跡の路盤を利用して成田 - 三里塚間10往復、成田 - 多古間2往復、多古 - 八日市場間12往復が運行された。
しかしバスは、ガソリンが戦時体制で使用できず木炭を燃料にしていた木炭自動車のため、従来の鉄道が1時間20 - 40分で全線を結んでいたところを2時間以上も要するようになった。現在ではJRバス(ジェイアールバス関東)多古線が同区間を1時間 - 1時間20分で結んでいる。
 

歴史

  • 1897年(明治30年)6月1日:総武鉄道の駅として開設。
  • 1907年(明治40年)9月1日:総武鉄道が買収され、帝国鉄道庁の駅となる。
  • 1926年(大正15年)12月5日:千葉県営鉄道(後に成田鉄道)多古線開業。
  • 1944年(昭和19年)1月11日:多古線が不要不急線として休止(1946年廃止)。
  • 1974年(昭和49年)10月1日:貨物取扱廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅となる。
  • 1989年(平成元年):駅北口広場完成。
  • 1995年(平成7年)3月1日:高速バス「東京 - 八日市場線」運行開始。当駅(八日市場駅前停留所)にも乗入れるようになった。
  • 2006年(平成18年)4月1日:「みどりの窓口」が廃止され、「もしもし券売機Kaeruくん」を設置。
  • 2007年(平成19年)9月1日:南北自由通路開通。
  • 2008年(平成20年)7月30日:南口広場が完成。
  • 2009年(平成21年)3月14日:ICカード「Suica」の利用が可能となる。東京近郊区間に組み込まれる。
  • 2012年(平成24年)
    • 3月7日:「もしもし券売機Kaeruくん」稼働停止。
    • 3月8日:「指定席券売機」稼働開始。
    • 時期不明:業務委託駅化。