| 国縫(くんぬい) |
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| 所在地 |
北海道山越郡長万部町字国縫 |
| 駅番号 |
○H49
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| 所属事業者 |
北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 |
■函館本線 |
| キロ程 |
102.8km(函館起点) |
| 駅構造 |
地上駅 |
| ホーム |
2面3線 |
| 乗降人員 |
8人/(2014年) |
| 開業年月日 |
1903年(明治36年)11月3日 |
| 駅種別 |
無人駅 |
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| 国縫駅 |
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| 駅名標 |
駅舎 |
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| キハ40:形気動車 |
跨線橋 |
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| キハ40:形気動車「道南海の恵み」 |
待合所 |
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国縫駅(くんぬいえき)は、北海道山越郡長万部町字国縫にある北海道旅客鉄道(JR北海道)函館本線の駅である。
駅番号はH49。電報略号はクニ。事務管理コードは▲140127。
かつては瀬棚線が分岐しており、急行「ニセコ」(下り)・「せたな」・快速「アイリス」が停車していた。
歴史
- 1903年(明治36年)11月3日:北海道鉄道 森駅 - 熱郛駅間の開通に伴い、同線の駅として開業。一般駅。
- 1907年(明治40年)
- 1月17日:約1.1km紋別駅(のちの中ノ沢駅(廃駅))方へ移転
- 7月1日:北海道鉄道の国有化に伴い、国有鉄道に移管。
- 1909年(明治42年)10月12日:国有鉄道線路名称制定に伴い、函館本線の駅となる。
- 1929年(昭和4年)12月13日:瀬棚線の当駅 - 花石駅間が開通。
- 1932年(昭和7年)11月1日:瀬棚線が瀬棚駅まで延伸され、全通。
- 1939年(昭和14年)12月:駅舎改築。
- 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道(国鉄)に継承。
- 1966年(昭和41年)
- 9月28日:函館本線 当駅 - 中ノ沢駅間のうち、当駅 - 函館起点105.911km地点間が複線化。
- 12月25日:函館起点105.911km地点 - 中ノ沢駅間が複線化され、当駅 - 中ノ沢駅間がすべて複線化。
- 2段階で複線化されたのは土地買収が遅れたためで、土地収用法が適用された。
- 1970年(昭和45年)9月25日:北豊津信号場 - 当駅間が複線化。
- 1984年(昭和59年)2月1日:貨物および荷物扱い廃止。
- 1986年(昭和61年)11月1日:急行「ニセコ」が廃止され、優等列車の停車がなくなる。同時に無人化される。ただし、瀬棚線の閉塞扱いの要員は継続配置。
- 1987年(昭和62年)
- 3月16日:瀬棚線廃止。
- 4月1日:国鉄分割民営化に伴い、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる。
- 1992年(平成4年)4月1日:簡易委託廃止、完全無人化。
- 2007年(平成19年)10月1日:駅ナンバリングを実施。
駅名の由来
地名より。アイヌ語に字をあてたものであるが諸説ある。
説としては、「クンネヌイ(kunne-nuy)」(黒い・野火)、アイヌの伝説に由来する「クンネナイ(kunne-nay)」(黒い・川)、あるいは海岸に砂鉄が多かったことによる「クンネ(kunne)」(黒)などがある。
駅構造
単式ホーム・島式ホーム混合の2面3線を持つ地上駅。
駅舎は昔ながらの木造駅舎が残っており、単式ホームに接している。
長万部方面列車に乗車する際は跨線橋を利用する。
3番ホームは旧瀬棚線が使用していた。
1992年に簡易委託が廃止され、現在は長万部駅が管理する無人駅となっている。
のりば
| 番線 |
路線 |
方向 |
行先 |
| 1 |
■函館本線 |
上り |
森・函館方面 |
| 2・3 |
| 下り |
長万部方面 |
| 日本国有鉄道瀬棚線 |
| 国縫駅 |
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| 所属事業者 |
日本国有鉄道(国鉄) |
| 所属路線 |
瀬棚線 |
| キロ程 |
0.0km(国縫起点) |
| 駅構造 |
地上駅 |
| 開業年月日 |
1929年(昭和4年)12月13日 |
| 廃止年月日 |
1987年(昭和62年)3月16日 |
| 備考 |
瀬棚線廃線に伴い廃駅 |
瀬棚線(せたなせん)は、日本国有鉄道(国鉄)が運営していた鉄道路線(地方交通線)。北海道渡島支庁(現在の渡島総合振興局)管内の山越郡長万部町の国縫駅で函館本線から分岐し、渡島半島を横断して檜山支庁(現在の檜山振興局)管内の瀬棚郡瀬棚町(現在の久遠郡せたな町)の瀬棚駅に至る路線であった。
国鉄再建法の施行により第2次廃止対象路線に指定され、1987年(昭和62年)3月16日に廃止された。
当線開通以前には、国縫駅と瀬棚町の間に毎日乗合馬車が運行されていた。1918年(大正7年)には毎日1本、午前8時に国縫と瀬棚から出発し、珍古辺と今金で中継した。到着は瀬棚に午後8時、国縫に午後7時で、料金180銭。冬には馬橇を使った。瀬棚線は軽便鉄道法にもとづいて計画された路線で、1922年(大正11年)の改正鉄道敷設法に記載はない。
改正鉄道敷設法には、函館本線八雲駅から分岐して今金に至る鉄道(別表第130号)が規定されていたが、こちらは全く着手されなかった。1929年(昭和4年)12月13日から1932年(昭和7年)11月1日にかけて全通した。
瀬棚港からの物資輸送に多用されていたが、モータリゼーションの進展やコンテナ輸送への転換によって利便性および機動性に優れたトラック輸送に移行するようになり、1980年(昭和55年)12月27日に国鉄再建法が成立すると、第2次特定地方交通線に指定され、国鉄分割民営化直前の1987年(昭和62年)3月16日に全線廃止となった。
線内は普通列車のみで、原則的に長万部駅から発着していた。瀬棚側の末端区間の乗客が多く、全線を通して運転する列車のほか、今金駅 - 瀬棚駅間に区間列車が設定されていた。
1966年(昭和41年)10月1日からは、函館駅 - 瀬棚駅間を直通する急行「せたな」が1日1往復運転されていたが、1984年(昭和59年)2月1日に快速列車となった。
なお、快速格下げ前時点で「せたな」は瀬棚線内では普通列車として運転していた。
長万部駅所属の車掌(旧長万部車掌区・旧函館車掌区長万部支区)が乗務していた。
廃止前年の1986年(昭和61年)11月1日改正時点では、長万部駅 - 今金駅間に下り7本・上り6本が、今金駅 - 瀬棚駅間に下り8本・上り9本の列車が設定されていた。
路線データ
- 管轄:日本国有鉄道(国鉄)
- 区間(営業キロ):国縫駅 - 瀬棚駅間 48.4km
- 軌間:1,067 mm(狭軌)
- 駅数:11駅(起終点駅を含む)
- 複線区間:なし(全線単線)
- 電化区間:なし(全線非電化)
- 閉塞方式:タブレット閉塞式
- 有人駅:瀬棚駅、北檜山駅、丹羽駅、今金駅、種川駅、花石駅
- 輸送密度:814人 (1981年度)
- 最大勾配: 25 ‰
- 最小曲線半径: 300m
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